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詩論が書かれなくなった、とはよく言われる(以前、「詩論が書かれなくなって久しい、と言われて久しい」と書いた)が、わたしは詩論が好きだ。しかし、そもそも詩論とはなんだろうか。ふしぎな言葉だ。詩の「研究」、詩の「哲学」、詩の「批評」とはどう違うのだろうか。あるいは、「詩学」という言葉の魔力とはなんだろうか。
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詩論が書かれなくなっているとして、その動向は、「哲学研究書」は書かれるが「哲学書」は書かれない、という哲学の動向と表裏一体であるように思われる。もっともこれは独断である。最近では、権威的な響きをもつ「哲学者」をきらって「哲学研究者」を名乗る哲学従事者が増えている。経済学を研究する人間がわざわざ「経済学研究者」と言わず、端的に「経済学者」で済ますことができるのとは違って、哲学への向き合い方はセンシティブなようだ(詩人ではなく「現代詩作家」を名乗るようになった荒川洋治を想起する)。哲学研究者と自称することで自らの謙虚さを示そうとする人々は、自分は「哲学する」という動詞を実践しておらず、あくまで過去の思想の蓄積である「哲学」という名詞に接しているに過ぎない、と考えているのだろう。しかし、哲学せずに哲学を研究することなど可能なのだろうか。実際には少なからず哲学しているはずだし、そうでないなら研究さえできていないことになる。
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このことは、詩は書かれるが詩論は書かれない状況と対称的である。ポストモダンを最盛期として、以降はすべてが各論的になってしまった現代哲学の状況と呼応するように思われる。わたしの実感に過ぎないが、今でも哲学キッズはドゥルーズが大好きである。とりわけ『差異と反復』の誘惑には抗いがたいものがある。それ以降、読み解きがいのある哲学書、すなわち哲学研究書ではなく哲学書と呼べるような代物は登場していないようにも思える。ちなみに、フランスで『差異と反復』が出たのと同年(1968年)、日本で出版されたのが『詩の構造についての覚え書』である。
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しかし、詩は書くが詩論は書かない、といったことがほんとうに可能なのだろうか。その逆に、詩論は書くが詩は書かないことは可能だろうか(それは可能だろう)。詩と詩論を切り分けることなど可能だろうか。野村喜和夫の見立てでは、まさにその分離不可能性、反転可能性を提示したのが入沢康夫や岩成達也の実践ということになる。
哲学研究書とは、哲学(=理論)の理論書である。つまり、理論が二重になっている。詩の場合はどうか。詩を二重にするならば、詩の詩としての詩(メタポエティック)、つまり詩はそれ自体で詩にも詩論にもなりうる。もともとひとつだった哲学が「哲学」と「哲学研究」に二重化したように、詩は詩と詩論を含みこみながら振動し、ぼやけている。やはり、詩論と実作という二項図式は成立しない。
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そのような状況で必要なのが詩の「批評」である。冒頭で詩論と詩の批評はどう違うのかと問うたが、おそらく実作者が書く詩についてのテクストが前者で、実作者でない人物が書くそれが後者というだけの違いだろう。しかし、かつては詩人が断じて詩の批評家であることもできたはずだ(と同時に、今や存在しない後者のような人物もいたはずだ)。乱暴な分け方をすれば、詩論は主観的、詩の批評は客観的である。もう少し詳しく言えば、両者を隔てるのは論のなかに個人的な詩への「思い入れ」が忍び込んでいないか、その点に自覚的であるかどうかである。詩について何かを書く以上、個人的な思い入れ抜きに書くことは不可能だろう(思い入れとはスタンスのことでもある)。ここであえて、キャリア論でよく使われるフレームワークを導入しよう。詩人は自らが書きたい詩の理想(Will)と自らが実際に書けた作品(Can)の双方を調停しつつ、詩というもののかくあるべき姿や本質(Must)を示す。一方、批評家は自ら書く必要をもたないため、より純粋にMustに向かうことができる。わたしは以前、「詩論は常に詩の存在証明である。批評(としての制作)の役割とは、詩と詩論の癒着を断ち切ることではないだろうか」と書いた。
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哲学が哲学と哲学研究へと分離し、自ら「哲学する」哲学者が消えていくのと並行して、「哲学対話」や「こどものための哲学」などの「哲学プラクティス」が隆盛している。これらの活動は、従来の「〈読み、書く〉哲学」のオルタナティブとして、「〈話し、聞く〉哲学」というふうに呼ぶこともできる。折しも今月号(2025年10月号)の『思想』は、「哲学教育/哲学対話」の特集を組んでおり、これは創刊以来はじめてのことであった。
では、(現代)詩のオルタナティブと言えるものはなんだろうか。具体的なコレクティブの名前を挙げることもできるだろうが、2020年代以降に詩を書き始めた世代のわたしにとって、「2ちゃんねる」と「ツイッター」の存在は無視することができない。わたしたちは、2ちゃんねるの誕生(1999年)とほぼ同時期に生まれ、ツイッター等のSNSを通じて「書く」ということを経験していった。大雑把に言えば、これらが実現したのは共同性・匿名性ということである。日々蓄積されるスレッドやツイート、偶発的、創発的に形成される言語(ネットミーム)は、四元康祐の言葉を使えば、日本語の「集合的神経嚢」である。かつての詩人たちが試みた「近代的個人」の克服は、テクノロジーの次元によってとうに達成された。しかしながら、匿名性は再び実名性へと逆戻りしてしまった。
近代詩の乗り越えを目指した現代詩はすでに、詩とは別の仕方で叶えられたのであり、もはや現代詩という名を冠す必要はない。では、その先にあるのは何か。
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「〈読み、書く〉哲学」へのオルタナティブ(もっとも、その実践者にとってオルタナティブという意識はなく、あくまで「哲学する」をやっているだけだが)として「〈話し、聞く〉哲学」があるように、「〈読み、書く〉詩」とは別の詩の回路が存在するだろうか。いや、やはり詩は書かれ、読まれるものでしかないだろうか。人は詩を書き、読むしかないだろうか(それはいつまで可能だろうか)。朗読/リーディングという声や身体に依拠した実践を、その一つのかたちと見ることは容易だろう。あるいは、「こどもの詩」に注目することもできるだろう。哲学者で哲学対話の実践者でもある河野哲也は、「なぜ美術館にはこどもの絵がないのか」という問いをしばしば繰り出す。様々な形で反論(もっとも、哲学対話とは議論を目的とする営みではない)することは可能だろうが、なぜ『現代詩手帖』には小学生や中学生の詩が載っていないのだろうか。
しかしそれ以上に、ポエムとは独立したポエジーへの感受性の高まり、いわば蒸留水としてのポエジーを見逃すわけにはいかない。詩的なものは、詩を代替して余りある。
8(覚え書)
「詩」以前
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「詩」という名が与えられる。
「詩情とは幻であり、詩とは伝説である。」
(目視できない詩情をつかまえる、とらえるための詩。あるいは、かすめた詩情の記憶をかたりつぐこと。)
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「詩とは幻であり、詩論とは伝説である。」
「詩とは何か」を問い直す「再帰性」=近代性。
近代詩の始まり。
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詩/詩論の分離に対する反論、理論/実践という切り分けの不全。
→なぜなら、近代詩の書き手たちは、誰も自身の理論を作品で実証するということができなかったから(理論とは独立して作品が書けていたから)。
ポエティック/メタポエティックの縫合、反転。
≒ポストモダニズム(現代詩、現代思想)の始まり。
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〈ポエムなきポエジー〉の祝福。
「詩論とは幻であり、詩史とは伝説である。」
詩以前(詩と詩情の分離以前)に戻ることはできない。
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詩の蒸発、あるいは〈詩的生命体〉の繁殖。
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はっきり言って、哲学も詩もなんとなく「こころとからだにきく」ものでしかなく、強度を失ってしまったと感じる。現代の哲学や詩の作品がダメになったということではなく、人類にとって言葉というものがその程度のものでしかなくなった、ということである。シュールなタイプの詩的なもの(これに関して、生成AIの右に出る者はいない)も、エモいタイプの詩的なものも溢れかえっている。詩は街に、デバイスに偏在している。すでに世界はポエティックなもので充たされているのであり、必要なのはポエティックなものそれ自体ではない。ポエティックなものへの瑞々しい感覚(sense)を、いまいちど練り上げることができような批評の言葉である。詩について話すことを恥ずかしく思わなくていい。詩を語る前に詩を書け、というのは、悪しき成果主義の横暴に過ぎない。
(注釈)
上に書いたことはすべて、すでに言い古されているようなことかもしれない。この文章はもともと、「「詩がわかる」とはどういうことか」という題で書き始められる予定だった。それというのも、わたしの詩集『乳既』について、瀬尾育生が「わからなかった」と発言しており、「詩がわからないとはどういうことか」という疑問をもったからである(現代詩手帖2024年12月号、討議「時間への戦略が問われている」)。その直前で別の詩集に関して「僕にもすぐにわかったし、たいへん面白かった」と発言していることから、「わからない」とは「おもしろくない」と似たような意味であると推察されるが、とはいえ「おもしろい/おもしろくない」とは何か、という問いにすり替わるだけである。人はふつう、わからないものについて語ることをためらう。詩を論じるためにも、詩がわかること、あるいはわからないにせよ、「どうわからないか」をわかる必要がある。したがって、詩論を書くためには、詩がわかる/わからないとはどういうことかを明らかにしなければならない。しかし、この問いを考えるためにも、詩論という形をとらざるを得ない(のかもしれない(ということに、抗いたい))。