詩客 自由詩時評

月1回 第3土曜日更新

自由詩時評327回 ずれを生きること〜李珍景『金時鐘 ずれの実在論』 究極 Q太郎

 韓国の‘闘う哲学者’李珍景さんが、在日の詩人金時鐘の詩について書いた本、『金時鐘 ずれの実存論』(影本剛訳/共和国)が素晴らしい。私は詩の評論集の類いを滅多に読まないので、こう言うことが的を射ているかわからないが、詩のあり方を内在的に評することができていたと思う本に、絓秀実の『詩的モダニティの舞台』(‘09)を読んで以来初めて巡り合ったと思った。この本、私には名著だと思うが、500ページと大部で値が高く、少部数しか印刷されなかったようで、恐らく今後も相当アクセスが難しいだろう。幸い私が読むことができたのは、李さんの著作『無謀なるものたちの共同体 コミューン主義の方へ』(インパクト出版会/‘17)の翻訳者で、私の知人でもある今政肇さんより借りて読むことができたからだった。
 この李珍景さんが先日、日本に講演のために来るということがあって、その際今政さんが、私が個人的に面会できる一席を設けて下さった。いつも3K朗読会(カワグタケシ、小森岳史と行っている)の会場として使わせて頂いている江古田のプログレッシヴ・ロックの喫茶店フライングティーポットで、李さんと旅の同行者の方々にお会いした際、私は金時鐘論から受けた感動を著者に直接伝えることができた。これは日本語の詩について書かれた優れた批評というだけでなく、詩とは何かについて、とてもクリアーに書かれた本だと思う。500頁近い本でありながらあっという間に読めてしまいました、と私は言った。

 本の冒頭でこの哲学者は自己を紹介し、卒直に「詩のことはよくわからない」と述べる。それゆえ彼の言葉は、先入観なしに、直接作品から導き出された理解なのだとあらかじめ示されるのである。
 第一章の『詩人にやってくる言葉はどこからやってくるのか?』は以下のように書くが、これは詩と曖昧に関わりを持っている人には書けない卒直さで綴られたものだと、私には思われた。

 詩はコミュニケーションの言語で包囲された存在を、その包囲から抜け出させるいくつもの言葉だ。それゆえ、むしろ共有された世界から抜け出すときごとに存在し「はじめる」いくつもの言葉。そのように抜け出すときにのみ存在する言葉だ。既存の言葉で作られるが、いつでも新しく誕生するいくつもの言葉。いつでも新しく「はじめる」言葉だ。

 私たちはコミュニケーションの海の中に身をおいているが、詩の言葉をはじめる時、そこから抜け出て行く。その「孤」において、詩が現れると李は述べる。大岡信は『うたげと孤心』(’78)の中で、詩の言葉の領域(うたげ) と創作者の「ひとり」(孤心)の往還、その緊張の間で詩がはじまるというようなことを書いたのではなかったか。大岡の論は、日本の詩の伝統的な成り立ちについて書いたものだと思うが、そこには個人の詩の言葉が成り立つ前に、詩の言葉の領域があることが指し示されていた。それは「壇」というものである。
 私には日本の詩人たちが、詩の言葉の領域から、いかに自身の作品を析出するか、差別化させるかという詩壇的、時事的問題につきあい過ぎているように見える。私にとり、李の論がいかにもクリアーに見えるとしたら、彼が詩の世界の、詩のいわば「共同幻想」への門外漢と自身をみなし、その、詩の内輪では見落とされてしまっている、社会の中でのそもそもの詩の意味、「はじまり」について考えようとしているからだ。
 そこでは、詩が葛藤し、そこから始めなければならないのは、歴史もそうであるような私たちの共通認識である。

 詩人が題材にするものは、歴史の中にある事件であれ、過去に結びつけられたままでいない。第三章(『海のため息と帰郷の地質学』)で彼はこう書く。

 従って、第二部で浮島丸や四・三について書いた詩は、過去に発生した歴史的出来事を記録したり文学的に再現しようとするものではなく、むしろ出来事を過去に結びつけるあらゆる規定を消し、潜在性の海中に漬けて保存しようとするものだと言わねばならない。その中で新しい生成のカルテに任せようというのだ。

 歴史的な出来事を「潜在性の海中に漬け」、「新しい生成のカルテに任せ」ることは、それへの共通認識に無条件に与することから距離をおくことである。その共通認識は、クリシェ(紋切り型)となっている。だがそれへと大まかに塑型される時、「ない」とされてしまったものがあるのだ。詩の言葉が挑まなければならないのは、このクリシェである。クリシェが踏みならしてしまった土地に、バッドチューンのように、ずれたものとして現れること。
 だが、それは「歴史を修正する」こととは違う。歴史上の事実を巡り争う主張もまた、共通認識が持つ踏みならしていく危険、一様化の危険に対しては鈍感だからだ。

 李さんはこうした問題に対し、哲学者としての観点からアプローチし、「存在論」へと繋げていくのだが、それにより詩全体に一つの観点がもたらされたように思われる。

 存在論とは『(なに)であるかのか?」を問う質問に還元されない問いがあることを見抜いてはじまる思惟の場だ。『である』という言葉で連結される『対象』に還元されない『存在』を問う思惟である。『ある』という事実自体が持つ力を信じる思惟だ。無規定性がもつ無数の規定可能性を、規定を抜け出たなにかになりうる潜在性に向かった思惟だ。

 以下『第五章 出来事的ずれと褪せた時間』『第六章 染みになり、化石になり』を要約する。

 この存在論は、人々から「ない」と拒絶される時に求められる思惟だという。あるのにない、と言われる時。だが詩人は、人々の眼差しを受け入れて、彼らが言う通りに「あってもない」とは書かない。「なくてもある」と書く。そこにずれが生まれるが、「分断を乗り越えていく」未来が密かにその中に賭けられているものでもある。

 存在論は拒絶された者たちの思惟だ。拒絶されたが去り得ない者たちがその拒絶と去り得なさの間隙の困惑で、その困惑を耐えて存在せねばならない場所で、抱えることになる思惟だ。拒絶の距離をおいてみている他人たちの視線に対して『知られていなかった者』としての自分をみる視線であり、かれらの視線が作り出す『対象』と、その視線が見ることのできない自分の『存在』の間隙を見る視線だ。
 

 先程、社会の中での詩の意味について考えなければならないと書いたが、それは詩の言葉が、この社会の中ではあたかも「ない」が如くに扱われているからである。「詩の言葉はわからない」とよく言われる。縁なきものだとこの社会の多くの人から思われ、体よく拒絶されているのである。詩人たちはそれに対して李さんが書くように「なくてもある」と言えているだろうか?
 詩を読む私は経験的にこう考える。詩は、聞き届けられない言葉である。それはもどかしさを持たない、耳に心地が良い言葉からはあくまでも遠い。そうした言葉に最も近いのは詐欺師の言葉であり、詐欺師めいて辟易させられることが多いポピュリスト政治家たちの言葉だろう。
 便利やインスタントが強く求められ優先される社会の中で、詩の言葉は真逆の指向性を持っている。それはいつかの危機の時のために書かれているのだ。いつかある経験の中で、その時をめがけて帰ってきた詩の言葉が天啓のように理解されるということがある。詩を読む人は、そんな時を待つ人だ。気を長く。そして待つこともなく。それまでは分からなくとも。
 アンジェイ・ワイダの映画『灰とダイヤモンド』(‘58)にそんなシーンがある。逃亡中の主人公が、映画のタイトルに引用された一節があるポーランドの詩人ノルヴィドの詩『舞台裏にて』に出会う。教会の墓碑銘に書かれたそれに出くわすというシーン。通り過ぎざまに読む主人公。それは彼自身のために書かれたかのようにそこにあり、その一瞬に、そして全面的にやってきたのだ。
 私にとって、そのシーンは、詩を読むという体験を非常に的確に描写しているように思われる。詩を読む人の身の上には、多かれ少なかれこのようなことが起こるのではないだろうか。それは矢のように貫く一瞬であり、その人以外の人には感知されない、「ない」とされる一瞬かもしれない。
 
 ずれを生きることは、どちら側にも感知されにくく関心を持たれにくい歩みを持続することであるがゆえに、集団が提供する安定も、仲間が提供する助けも得にくい隣人の中での孤立、仲間や友達のなかでの孤立すら避けがたい『遠いところ』、いくら近くにあっても『遠いところ』なのだ。

 だれかに見せようとするのでもなく、成功で補償されようというのでもなく、自分の花を、秘密めいた花を咲かせるのだ。これはともすれば、簡単に足を踏みしめて生きる者たち、視覚に明確に入ってくるがゆえに追求することになる諸価値で満たされる夢を、たいそうなものであると信じるものたちとは、かなり異なる夢を見ることだ。

 この最後の引用部分。ドゥルーズの遺作となった批評集『批評と臨床』(原著’97)におさめられたT・E・ロレンス論『恥辱と栄光』にある以下の記述の谺のようなものを見る。李さんは哲学者で、彼の書いたほかの本を読む限り、ドゥルーズの影響を大きく受けてもいるゆえに。
 「アラビアのロレンス」として知られるT・E・ロレンスは、現在の「中東紛争」にまで大きな影響を持つ20世紀前半のアラブ国家建立に関わった歴史上の人物として知られているが、また一方で、現在その地域が抱え込んでしまっている矛盾を、個人的な葛藤として体現しているかのような生涯によっても関心を持たれ、多くの著述家による評伝を生んでいる。ドゥルーズは、彼の葛藤に着眼し、それが「恥辱と栄光」に引き裂かれたものととらえるのである。それは感知されにくい、あくまでも秘密の主観性としてある。アラブの味方のような顔をしながら、イギリスの諜報員であったという二重性は知られているが、それを恥じ、すべての側の馬鹿げたことに手を貸していると考えていたふしがあることは、よく知られていない。たとえば、自伝『智慧の七柱』には、民族独立の戦争もその大義によって殺人を正当化することはできないなどと、自分の果たしたことを断罪するかのようなことが書かれている。

 彼はアラビアばかりかイギリスをも裏切るからであり、同時にすべてを裏切るという悪夢に陥ってしまうのだ。しかしそれは彼の個人的な差異ですらなく、そうした結果を導くほど、ロレンスは冷たく気取った自己の破壊を企むのであり、破壊は徹底して行われる。……それはどこまでも秘密のままの主観的資質であり、国家的ないし個人的な性質とは混じらず、彼を故国から遠く離れた場所に導いてゆき、自分自身の荒廃した自我のもとに立ち去らせる。

 ここにもある「遠いところ」、「遠く離れた場所」。

 以下『第七章 錆びる風景とずれの時間』を要約する。

 「ずれを生きる詩人」金時鐘が帰る場所もそんな風なところだと李さんは書く。「在日」という境遇の中にそもそもあるそのずれを、もっと先へと進むこと。それが、偶然の境遇を詩人の運命に変える道行きなのだろう。あってもない、亀裂のように目に止まらない差異を、なくてもあるへと進めていく。

 この場所が、詩人がこの詩集で展開した時間の思惟を通して『帰る』場所なのだ。閉じられた家の中に風を、止まった時間のなかに流れる季節の時間を呼び出そうと『帰ろう』と述べた思いが、帰る場所なのだろう。はざまを抜け出して枝先にぶら下がった一つの柿のように孤独にぶら下がった枝先へと移っていくが、止まった時間か流れるようにする新しい場所を探したが、それでも彼が帰る場所はこの存在論的ずれの場所なのだ。……まさにここがかれの詩が誕生した場所であり、かれの存在論的思惟が湧きあがる『起源』だ。

自由詩時評327回 詩のオンライン講座のこと 柴田 望


 昨年(2025年)の夏から私は詩のオンライン講座を受講している。期間にもよるが2~3の別々の講座を同時並行で受講しており、それぞれの講師と受講者から多くの学びを得た。受講の理由としては、ここ数年、詩を教えてほしい、添削してほしいと依頼される機会が増え、審査員を引き受ける場面もあり、詩人の方々はどのように詩を教えておられるのだろうと興味を持ったことだが、よく考えると地方詩人協会や詩誌の合評会などで先輩詩人から指導を受けたことは何度もあるが、「詩の講座」で先生から教わった経験はたぶんない。詩作にはいつも初心で挑んでいるつもりなので、純粋に一人の受講者として学んでみたいという気持ちが勝った。体験し学ばせて頂いたことをここに報告したい。各講座より許可を得ているわけではなく、ご迷惑をおかけしないように講師名やどの講座の何のことを書いているかがわかるような具体的内容は記さないので、この原稿が詩の「時評」になるかは少し不安だが、いま現在開催されている複数の詩のオンライン講座の受講生という立場から、「詩のオンライン講座」とはどういうものであるか、次の5つの項目に実体験を分析し報告することで、現代における詩との付き合い方の一つの顕れのようなものを書けたらと思う。

1) 受講申込・事務局の対応
2) 講座の形式
3) レクチャー・講義
4) 作品講評
5) 他の受講者との出会い

 私はまだ「詩のオンライン講座」の中で嫌な思いをしたことがまったくないので、ポジティブな側面を中心に書いてしまうかもしれない。まだ受講をはじめて一年未満しか経っていない初心者ではあるが、現代の詩との付き合い方の一つであり、詩の学びの形式の一つである「詩のオンライン講座」を実際に体験した一人として、感じたこと、考えたことなどもここに報告させて頂きたい。


1) 受講申込・事務局の対応


 2020年以降、Zoomでのカルチャー講座が急速に普及し、私のような北海道在住者でも気軽に受講できるようになった。私が受講する3つの講座のうち、2つは完全オンラインで、もう一つは対面(リアル会場)とオンラインのハイブリッド形式だ。パソコンかスマホさえあれば全国どこからでも、海外からでも受講できる。SNS広告などのリンクから主催会社のウェブサイトへ行き、申込とクレジットカードなどでの決済を行う。金額的には講座によって異なるが半年(月1回開催・全6回分)で税込み24,000円ほど。PDFで送られる教材費は無料。また、2回1セットで一般価格8,500円程度(会員は1,000円ほど安くなる)という講座もあり、そうなると1回の講座で4千円くらいが相場になるのだろうか。人気の講座はあっという間に満席になるので、募集が始まる時期には注意が必要だ。
 事務局の対応は主催会社によって異なるが、講座を申し込むと案内のメールが届き、ZoonのURLや詩の投稿先のメールアドレス、問い合わせ先、各種注意事項などが細かく書かれている。例えば開催曜日の2週間前などといった締切までに詩を送る。送るとすぐに返信が返ってくる事務局もあるが、返事をもらえない事務局もある。問い合わせにすぐに答えてくれる事務局もあれば、少しゆっくりな事務局もある。これは会社の方針であって講師に責任はないが、事務局担当者の経験値や力量によって違いが生じてくるようだ。良い雰囲気の学びの場を作ろうという運営側の意気込みや熱意は、顔は見えなくても受講者には確実に伝わっている。そのような担当者は欠席連絡なども細かく対応してくれる。平日の夜19時から90分または2時間ほどという講座は、仕事で忙しい受講者などは急に欠席せざるを得ない日もある。欠席しても「見逃し配信」で後から視聴できる講座もあり、これは助かる。2週間視聴することができ、当日出席した講座でも復習的に見直すことができる。「見逃し配信」を設けていない講座の場合はできるだけ予定を調整するしかないが、急な欠席者へメールで講師による詩の講評などを丁寧に送ってくれる事務局もあった。

 

2) 講座の形式

 

 私が受講した講座の形式は大きく分けて2種類あり、一つはレクチャーもあるが受講者の詩の講評がメインの講座、もう一つは2回セットで、1回目はレクチャー、受講後にそのレクチャーを踏まえて書いた実作を受講者が期日までに提出し、2回目に作品の合評会が開催されるという形式だ。講評がメインの講座では受講者は毎月締切までに投稿用メールアドレスに詩を送る。講座の2日前くらいまでに作品集のPDFファイルが届き、全受講者の作品を読むことができる。受講者が20人以上など大人数の講座では発言の機会があまりないが、受講者が5名~十数名程度の講座では他の受講者の詩の感想を発言する場面がある。開催前にGoogleフォームで作品投票を行う講座もあり、感想を言えそうな気になる数作品を選んで投票する。これは素晴らしいシステムで、その作品の講評の時間に投票者は発言を求められる可能性が高くなる。
 講評の前に作者が自作を朗読する。そして作者自身による自作についてのコメントは、それぞれの講評時間の終わりに発言する講座もあれば、全員の作品の講評がすべて終わった後に、作者が順番に発言する講座もある。人数が多いとやはり時間が気になるが、短めに1分以内くらいで発言する練習にもなる。

 

3) レクチャー・講義


 受講者が提出する作品の講評メインの講座ではレクチャーの時間は10~15分程度。商業誌に掲載されている若い世代の詩人の詩や海外詩人の作品紹介、詩作のためのエクササイズの紹介など。これらのレクチャーを次回提出する作品に生かすかどうかは受講者の判断に委ねられるが、私の場合はせっかくなのでどれも真剣に取り組み実践し、得るものがあった。詠題をもらって書くという回も楽しかった。
 一回の時間がまるまるレクチャーに充てられる講座の場合は、例えば西脇順三郎や三好達治、吉岡実のような古典的な詩人の作品の比喩がどう機能しているかを学んだり、ある言語学者による詩的機能の説明からどのように詩が生成されていくか、その過程をじっくり教えてもらえる回もあり、とても勉強になった。また、講師は皆さんがご存じの著名な詩人の方ばかりで、自作詩のメイキングのようなお話を聴ける回もあった。複数の講座を同時に受講することで、最先端で活躍している現在の詩人の作品、古典と呼べるような昔の詩人の作品、その両方について学べる機会を得た。
 詩作のレクチャーだけではなく、根本的な詩との付き合い方についてアドバイスをくれる講師もいた。例えば何かの賞を受賞したり他人の評価を得ることは二次的なもので、詩人が詩を書くことをいかに純粋に楽しめるか、そのことのほうがよほど大切であり、清潔な関係で詩と付き合い、人生を豊かにすることが重要である。自分の生活を一番大切に、無理に書かなくていいし、書きたいときに書けばいい。そのような話を聴ける機会も貴重だった。

 

4) 作品講評


 「詩のオンライン講座」のメインはやはりこの作品講評の時間である。受講者は開講日の1週間前または2週間前までに件名の指示など注意事項を守って指定のメールアドレスへ詩を投稿する。月に1回、詩を書いて送り、それが読まれ、講評をもらう。このサイクルが習慣化すると楽しくなってきて取り組みが真剣になる。高い評価を受ける場合もあれば、ここをもっと書いてほしい、ここの部分は全体のバランスを考えてどうか? など、指導を受ける場合もあり、それがまた非常に嬉しい。著名な詩人である講師に自作を読まれ、感想をもらえる機会であり、どのような詩をどのように読むか、詩に何を求めるか、当然ながら講師によって評価の基準は異なるところはあるが、そこがまた面白い。事前に詩を読み込んで講評を用意してくれる講師もおられるが、完全に初見で講評が行われる講座もある(はじめから講座案内に「先生は当日に初見で読まれます」と記載)。詩人が時間を止めて一つの詩と向き合う。その思考の動きの現場に立ち会える喜び。詩作者としての視点、そして想定される読者目線からの丁寧なアドバイスをいくつももらえた。どのように読者を意識して詩を書くか、他者性をどう獲得できるかという重要なポイントだ。また、講評のとき講師が「この詩の発話者は…」「語り手は…」と発言する場面が多いと気づいた。入沢康夫『詩の構造についての覚え書』の「作者─発話者─主人公」の区別、仮構された語り手の存在がやはり読みの手がかりとなる。
 講師だけではなく受講者が他の受講者の作品について語る場面がある。作品集のPDFがメールで送られるので事前に読み、人数の関係もあるが、5名くらいなど少ない人数の講座では、全員が全員の作品を読み込んで発言できる。「あなたはあの人の詩の感想を話してください」と当日急に割り振られても問題ない。前述したが十数名で事前に気になる詩を投票し、投票した詩数点をメインに感想を話すというシステムが確立している講座では、受講者はその作品をしっかり読んでいて、「この行がいいなと思いました。」という簡単な感想から、かなり深く読み込んだ感想を話す受講者もおり、同じメンバーで回を重ねていくと、この作品はあの人の好みかもしれないな、あの人だったらこう読むんじゃないか、という予想もできてくるのが面白い。全員でいい詩を書けるように目指していこうという仲間意識も芽生えてきそうだ。受講者が20~30人の講座の場合は他の受講者の詩の感想などを発言するのは難しく、講師による講評もかなり駆け足で、ほとんどの受講者が自作についても発言しない。しかしその講座では毎回の終了後数日以内に講師による講評が書かれたPDFファイルが必ず送られてきた。行分けの詩のようなスタイルで書かれたその講評に受講者はとても励まされる。
 これまで詩誌や地方詩人協会の合評会などにも参加した経験は何度もあるが、最初は新鮮でも、付き合いが長くなると本音を言いにくくなってしまったり、発言する人が限られたり、かなり年配の詩歴の長い詩人には皆が気を遣ってしまうなど、うまく合評会が成立しない場面があった。しかし講座は料金を払って受講する学びの場であり、常にパソコン画面に時計が表示されるオンラインということもあるのかもしれないが、講師も受講者も時間を配慮しつつ、内実のある発言を心がけ、全員で良い時間を築いていくようだ。

 

5) 他の受講者との出会い


 最後に、受講者との出会いについて書きたい。やはりどの講師の講座であるかによって、どのような受講者が集まるか、年齢層や詩歴なども大きく異なる。ある講座では、受講者のうちなんと半分以上が名前を知っている詩人で、詩誌で長年活躍されていたり、詩集を出版しているベテランの詩人もいた。そのような方でも学びの機会をこうして得るのだなと深く感心した。それまで郵便のやりとりだけだった詩人の方と同じ講座の受講者としてオンラインでお会いでき、声が聴ける機会もあり嬉しかった。また、ある日ふと詩の商業誌の投稿欄を眺めていると、同じ講座の受講者の名前があり、作品が選者に高く評価されている掲載を嬉しく発見したこともある。
 別の講座では、詩誌や詩の投稿欄などでも名前を拝見したことのない方たちばかりで、カルチャー講座なので人生を豊かにする目的で、ビジネスやプライベートの場面で良い文章を書けるよう学びたい、プロパーを目指しているわけではないが詩を書いてみたい、そんな感じの人たちが最初は起承転結の短い散文のような詩を書いていても、回を重ねてどんどん表現が秀逸になっていき、他の受講者の作品に対しても驚くような新鮮な感想を述べたりする。その成長の様子をオンライン参加している全員が見守っていて、学びの場が形成されていく雰囲気をリアルに感じられる。そこから将来詩誌を発行して文フリなどに出店したり、詩集を出したりという人たちが輩出されるのかもしれない。
 何か伝えたいものがあって伝えるために詩を書いているという人もいれば、書き方や形式を先行的に発明して、それを結晶したような言語体の作品を書く人もいる。また、言葉を意味の脈絡から解放し、隠喩の断片的なイメージを増殖するような詩法をすでに確立している人もいる。この人たちは皆詩人と呼ばれるべき存在なのだと思う。講座では自作よりも他の受講者たちの詩と出会い、鑑賞できることがだんだん楽しみになってくる。

自由詩時評326回 往還の言語 森川 雅美

 詩とは、この場合定型も含めてだが、何であるのかという問いは根源的であり、しかし語ることは大変難しい。
  吉本隆明を偲ぶ「横超忌」で詩人の吉増剛造さんが、吉本の文章の一節を取り上げ、どもるように、言いよどむように何度も言葉を変えながら本質を突き詰めるように語った。「普通の人の心使い、いや、裸、初めのチョコレート、甘み、それも違う、生きていること、存在の素の味わい、とでもいうのでしょうか」 当日のメモを元に書いているので正確ではないが、吉増は一つの事物や感覚に触れて、そこから伝えるための正確な言葉をどのように見出せるか、まさに、事物がどのように言葉によって認識されるかの、微細なプロセスそのものを語っているように思えた。ここには引用しないが、吉増の詩の仕事自身もまさにこのような認識のプロセスを、世界を捉える言葉を余すことなく記そうという、不可能に近い言語行為に思える。優れた短詩に関しても、字数は少なくまったく現れは異なるが、同じような言葉の運動を感じる。短歌は語れるほどその詩型に触れていないので分からないが、優れた俳句や、数行の短い自由詩はいわばプロセスを省いた、もっとも的確な認識の言葉によって記されているといってもいいかもしれない。そして、そのような言葉の動きは、詩は何かという根源的な問題にも示唆を与える。
 そのような視点から昨年刊行された、比較的詩歴が浅いと思える、自由詩のメジャーではない出版社の刊行か私家版の詩集を考えていく。
 草野理恵子『手の紐(人体詩Ⅰ)』(編集しろねこ社・発行文彩堂出版 8月発行)は、その題名の通り、体の一部などの一つの実体のある字を核とした、詩群を束ねた一冊だ。やや寓話の体裁を纏い、読みやすくなっているが、本質は一つの思考、認識を言語化した詩集といえる。

 

私はきくらげが好きだ
きくらげは木耳で木の耳なのだろう
ちょうど耳の付いた木がうっそうと生い茂っていた
私は木の耳に口をつけ食べようとした
口はなかったので指先だった
木耳は残念だねと耳の奥を鳴らした

(「入」部分)

 

 キーワードは「木耳」「」「」であり、「」「指先」と、思考、認識は拡がっていく。「木耳」を擬人化し、「耳の付いた木」など寓話の調味料がかけられているが、「木耳」という熟語に触れた時の、思考、認識の動きが作品を支えている。「木耳」が「」と「」に分裂し、「耳の付いた木」と異種結合、さらには「」や「指先」を生み、最後は「木耳」自身のしゃべり言葉になる。これは明らかに「木耳」という熟語に触れた時の、思考、認識の動きを言語化している。そしてそれを寓話化することにより、読者に届く言葉の重みを獲得している。この運動は詩集全体を貫く言葉の往還だ。
 藤﨑正二『詩集 わた』(発行一期堂 9月発行)も、思考、認識の往還を感じさせる詩集。そして、往還の運動がよりストレートに現れているため、読みにくいが、反面『手の紐(人体詩Ⅰ)』と比べ、思考、認識の言葉の運動のさらに深くまで達している。詩集を支える大きな特徴の一つが、同じ言葉を、主に動詞を肯定と否定で重ねる、踏みとどまり、保留、ためらいといえるだろ。少し大げさな言葉を使うなら、「存在の踏みとどまり、保留、ためらい」といっても良い。存在は常にありたいという気持ちと、否応なくあってしまう現実の間で引き裂かれている。この相反する意識の往還は、まさにその状況の表出といえる。

 

買ったばかりのカフェラテの
ハートを揺らして(揺らさない
角がめくれてゆくページの
同じところで躓いて(躓かない

(「文脈をなくした男」部分)

 

 このような部分を引用すると、この詩集の言葉の運動の主旋律が分かるだろう。最初に事物を提示し、「揺らす」「揺らさない」と思考、認識のずれ、往還が表示される。さらに視点をずらす事物が生成し、またずれ、往還へと言葉が動く。下手に書くと単なる言葉遊びになるところだが、明確なイメージの事物を配することで、単なる言葉ではないイメージが喚起される。この一篇の詩の全体も、異なる質の言葉を連鎖することにより、言葉のイメージはより拡散、流動される。さらに、ずれ、往還の言葉は、詩が進むほど頻繁になり、思考、認識の波、リズムを形づくる。詩集全体も、このような言葉、思考、認識のずれ、往還を様様な形で表すことにより、その運動そのものを現わそうとしている。
 ユウアイト『Elective Affinities』(私家版 10月発行)においては、この往還、ずれの言葉の運動はよりダイナミックに現れる。思考、認識のずれ、往還を詩の形にするのではなく、その言葉の運動そのものが、詩の形を召喚しているためだ。詩の構造として語るのではなく、言葉そのものの運動が詩の形、波、歩行になっている。詩集の題名はゲーテの作品の題名でもある、「親和力」であり、より正確に言うなら、「選択的親和力」、ルネ・マルグリットの卵を檻に入れた作品の題名にもなっている。これを思考、認識のずれ、往還と詩の形の、「選択的親和力」と捉えれば、詩集の全体を現わす極めて象徴的な題名といえる。そしてそれは、詩人の現在や世界、存在への問いかけに通底している。

 

倍速視聴のように心変わりしていく
世界と
このカラダに向けて
捨てなくてよかったでしょう、と誇らしく
シャツに再び袖を通してみせる日を
豊かさと勘違いしないで
貧しさと勘違いしないで

(「フルーツオーレ」部分)

 

 一読して感じるのは、言葉に負荷される重力の軽さであり、言葉は常に流動、変遷している。「倍速視聴のように」にとまず書き手の、それ作者ではないが、認識が記され、「心変わり」と流動する運動につながり、「世界」と極めて広がりのある概念を導き出す。さらに「カラダ」と個存在に集約され、誰の声かも分からないしゃべり言葉に繫がる。続いて行為の言葉、さらに、往還、ずれの言葉の運動、あるいは「選択的親和力」と、言葉は目まぐるしく往還する。そして、この行為、事物、観念の言葉の、複雑な連鎖が詩集全体を形づくる主旋律。意識的か無意識かはわからないが、頭韻や脚韻などの音も詩の言葉を運ぶ、大きな要因だ。引用部分も、「」「」又は「」の音が行末に繰り返され、「O」音も揃っている。これらの音は言葉を滑らかに流動さるのに、役立っている。
 定型も含めて詩は、意味、音、視覚の三位一体の言葉の運動であり、言葉、思考、認識のずれ、往還を今までにない形で提示するかが重要だ。そして、それが現在の実感を語る肉体を伴った言葉であれば、読者の奥底まで重く伝わるだろう。

自由詩時評325回 詩誌『蛇と星』(2025)、と『静かな家』4(菊井崇史、中尾太一、稲川方人)の交差点 髙野 尭

 これは、一つの無謀な思考実験である。

 まず若手詩人たちによる詩誌『蛇と星』を見ていこう。『蛇と星』の発刊の辞で、発起人の大島静流はこう述べている。
詩を書くという行為が、言葉といかに向き合うかの領域を超えて、生きることの全てを規定するようになる時、詩人が直面するのは果てしない孤独である。人間は他者と関わらずには生きていけない。しかし、他者の言葉でのみ紡がれる生は偽りになってしまう。絶えず自分自身に生き方の是非を問い続け、詩を読まれることでその輪郭を作り上げていく詩人にとって、この矛盾は避けて通れない命題となる。
 詩を〈書くものの〉、生。つまり日常生活を営むうえで避けられない、他者との関りのなかで被る、コミュニケーションという擬交流(世俗的でない詩人という自己規定におけるあらゆる世間付き合い)のなかで交わされる言葉の擬態によってもたらされる、詩人自身の魂との乖離感。それはまず、他者と交わす詩人の言葉が、やむなく他者の言葉に浸食され、変質した言葉そのものから受ける反響によって、詩人としての自己が引き裂かれる。そのような心的軋轢が孕まれるゆえの齟齬感と、自分が自分らしくないリアリティへの疑心が、詩人の現実的な主体性を浮遊させて、〈書く〉という人間的な行為へ向かわせしめる。雑駁な言い方になるが、それは、仮構的な主体を贋造してしまう離人的乖離性を、現実世界のなかでは無意識に回避しながら、別の現実意識を自己に立てようと図る自己防衛である。そのことは同時的に、一見逃走的な擬態に見える行為が、じつは〈私〉を取り巻く世界を先取り再構築するための戦略的擬態だとも言えよう。

 これは他者が責めを負うことではない。詩人として立つことの、むしろやむをえない逃避のようでもあり、またそこから立ち直って他者へ向き合おうとする詩人の意志である。単なる逃走であればその向かうべき飛び地は、仮構的というより超越的な城砦が仕組まれるだろう。詩人はそこでようやく安心してそのエリアに居座り、他者を寄せ付けないことも可能かもしれない。だが、いささかでも他者を志向するものであれば、どんなに書くことが苦痛で、苦肉な文体と修辞を試行錯誤するにせよ、他者視線に耐えうる主体の仮構性と感情の演技性を、けだし他者視線にとってはスケルトン化(無意味化)された自分自身から、かけ離れないように(ちなみにボクは自分の中に多数の〈私〉を内蔵しているためその外貌は歪に見えるだろう)〈書く〉ことが、詩人の責務だとも思える。

 別の言い方をするなら、書く者がどうしようもなく抱え込んでしまう宿痾とも言える。この事態そのものは、詩の書き方を超えて、〈書く者〉が詩を書くという、詩的行為に向かうモメントとしては、誰もが共有する初発の蟠り・葛藤である。(言葉自体に触発され書く人もいるが)その亀裂した自己を取り戻すべく、他者との交流によって自己矛盾に陥った言葉を、現前しない他者に向かって、生々しい実態を仮構的に語り直そうと足搔く行為そのものが、詩作である、とも言える。

 いみじくもその「最も誠実な対処の方法は、真っ先に傷ついて見せることである。」と大島は言う。それは多重的な言葉の変換作業を余儀なくくりかえし、終えられなくなるその詩作行為の、結晶化に至らざるをえない、それが詩人と名乗る行為者の性でもあろう。
 そのうえで語り直しには「悲痛の祈りが宿る」、と大島は言う。すなわち「書き手の意思を超えてひとりでに、ふさわしい時、ふさわしい相手に、ふさわしい者の声で語りかける力を持つ。」のだ。
 
 だが、大島は注意喚起する。いや、注意喚起というより二者選択を迫っている。そのもう一つの選択肢は何か。
 「一方で、そこには悪徳と堕落の道も同時に存在している。孤独を覆い隠すあらゆる誘惑に進んでのまれ、他者の存在は意識の彼方に押しやってしまうこともできる。その場合、書き手は自己の慾望に対しては、徹底的に忠実であらねばならない。創りあげられたものは、宝石の如く、ただそこにあるだけで美しくあらねばならない。」という、なにやら悪魔めいた幻惑の方法を差し出すのだ。そして大島らは、この二つ目の、幻惑の方法を選び取る、と言うのだ。

 「私たちは美しいものを信じる。己の魂が美しいと叫ぶものを信ずる。」と宣言する大島らの詩的態度は、どこか昔なつかしい耽美的な響きをもってボクに迫ってくる。だがそれだけだろうか。
 「読者諸兄には、この試みの慎重な目撃者であっていただけることを切に願う。」と締めくくる間際、ふと漏らす。この、自己にとっての捕捉的他者への心向きには、自身への自戒ととともに、幻惑的であっても他者となにかを共有したい願いだ。それは自身と同じく「美しいものを信じる」という心の叫びの共鳴・共感であるのか。たとえそうであったとしても、じつは内的に傷ついた心の深層にそっと触れてほしい、他者を欲望する、生命の叫びが美的・蠱惑的に見えるように、その希求してやまない願いが内に潜められているのではないか。「私たちの代わりに、誠実を忘れない者として。」の、他者視線を、欲望するそれが、裏返された詩人たち自身の、誠実さなのか。


 話は飛ぶが、なにが真実なのか。なにが美しいものなのか。皆目見当のつかない、このスペクタル社会(参照:ギー・ドゥボール著作『スペクタルの社会』、スペクタル社会では、あらゆる事象が断片的なイメージ群として蔓延り、人々はそれをただ受動的に消費する「観客」に貶められることによって、能動的な感受性の発露の芽を削がれがちになる。)の深みにはまってしまったボクたちの、心の拠り所は、いったいどこへ向かっていくのだろうか。もとい、そもそも拠り所なんてあるのか。この問いと向き合いながら、絡み合い損ねそうな二つの太い系をたどる。その周縁に張られた外部的な環境という磁場から、それぞれがうける影響関係を読んでこそ、前者との交差点は現(開)れるのではないか、とボクはひそかに思っている。

 

稲川方人作
遠い雷光の地、論証の月日

逃げ去った未来に立っているあなたの後ろ姿が怯えていました
(中略)
世界が墓石としてその名を告げるとき、折れる僕の鉛筆は苦しみのよう
(中略)
都会の坂道から乳母車を押して現れたあなたは
遠くのテロリズムを赦していた
(中略)
みずからの子の一日ごとの幸福にうなづく笑みを僕は見護ることもできない
(中略)
僕ノ詩ハ侵害ノ詩デシタカ
僕ノ詩ニ、斃レタ人々ノ聲ガ聞コエマシタカ
(後略)

(詩誌『静かな家』4号より、冒頭詩)

 四十数年前に、ボクが詩を書いていたころのエートス(魂の呼吸が形作った、詩人の動かない心象風景)に包み込まれるようだ。このやわらかなメタファーの紡ぎにくるまれた言葉の表面に、ボクは心底浸って揺籃したい。慷慨や悔恨がそれぞれ逆向きに渦巻く大海では、こんなつぶやきの聲が聞こえてくるのかもしれない。それとともにフラッシュバックする過去のイメージ・心象が、ボクの絶え入りそうになる過去の挫折と無力の感慨に、灯を点けてくれるようでもある。また見方によって、後部のカタカナ混じりの「僕ノ詩ハ侵害デシタカ」が、同じ人類の為した仕業を慨嘆する原民喜の「原爆小景」の詩句を彷彿とさせる。「僕ノ詩ニ、斃レタ人々ノ聲ガ聞コエマシタカ」という自問のような他者として仮構された自身へ向けられ慚愧する聲は、同じ人間が、つまり同じ自分が過去において為したこと(言動)を自己省察させる、反省的身振りに聞こえてしまう。それは表記上の類似だけで、ただの偶然なのかもしれないが。いやそれとも、ボクの勘違いだろうか。 

 持続は力なりとはよく言ったもので、その感慨を超えた魂の、安らかであっても揺るぎない、その鼓動の活きている音(ね)を、詩の内律の支えとして、詩の表面を〈書き〉つづける。稲川方人が握るペンの震えに、ボクは精神の輪郭を書き換えざるをえなくなる。なぜなら、原民喜が、善悪とは無縁の、非人間的外部に置かれた、超越的視点から書いていたとするなら、稲川は、一見自己省察的な視線を今の自身に向けながら、かつて自身であった自己幻像を媒介しそれを見通せる、人間的内部の奥処に匿われる、詩人固有の経験的細部に支えられた、やはり善悪とは無縁の、超越的視点を見出し書いているとしか思えないからだ。


中尾太一作
自由のための栞

いつかぼくたちが
きっと無条件で手放す精神の
最後の一夜に
くず折れる人の体を支えて
ひとりの女の子が蜂起しているだろう
(中略)
ぼくたちの
それしかないという生き方を教えた詩から
蜜柑のように実った「わたし」や「あなた」が
閉ざされた未来の寵児になって
荒れ果てた世界に川を幻視させている
(中略)
意味のある沈黙が意味のある忍耐を産んでいることを
ぼくは知っている
(中略)
終わった物語の輪郭も、そこに宿った細い光も
望みを捨てることがない
それを詩と呼ぼうと、抒情と呼ぼうと
残光の形式は
自由というものの根本を教えていたのではないか
それを言葉で捉え損ねていることによって
ぼくたちは詩人である
(中略)
野を生きた人たちの姿が
きみを支えに向かっている

(同、4~7頁)

 

 スペクタクル社会の〈どうしようもなさ〉は、人類をいずれ破滅させるだろう。〈今〉に慄き過去を振り返れない、幻惑のスペクタクルは、断片的で瞬間的に逃げ去っていく。人々を記憶喪失の暗室に閉じ込めたまま、映写機のフィルム交換に余念がない。デジタルCDや消えてしまったMD、今も隆盛を誇るDVDやiPod、サブスクでも同じことだ。今の流通システムによって流されているコンテンツが、大なり小なり汚染されていることに変わりはない。個室に閉じ込められたノンケ(同性愛者から見た異性愛者)であろうとジェンダーレスなオタクであろうと、大方その「魂のありよう」それ自体が食い破られるリスクに、晒されているのだ。

 だから詩人は、スペクタクルに抵抗をかけることに余念なく書く。読む。その読み・書きつづける行為を積み重ねつづけるしかない。その積み重ねの先には、ひょっとしていつしか、スペクタクルな映像のなかのひとりの少女が、ジャンヌ・ダルクのように振舞うさまが幻視されてくる。多重露光で撮られたネガフィルムの闇を照らす、影が光に見える映像のように。その少女は、人々の恐怖の顔貌性(剥き出しの無防備さ、レヴィナス)に慄くや、真っ先に人々の方へ駆け寄り、その身体を労り、ただそこに寄り添って、心の溶鉱炉を煮えたぎらせるのでしょうか。


 『蛇と星』に戻りましょう。  
 
大島静流作
衝突

夕陽が窓の形に壁を照らすとそれだけで
部屋中が塗り潰されたくらい眩しくて
信号が変わる途中の時間に
いつまでも置き去りにされたような感覚に駆られ
最後のままごとは行われた
最後の積木遊びは行われた
(中略)
これから過ぎ去っていくものまで取り返せないところへ立たせて
目のあわない階に置いていく儀式をした
(中略)
一方通行の侵入者は
誰がそこで待っていたか
ボール紙の裏に書きつけて未完の暗号を作れ
おまえがこちらに出てくるのなら
わたしがこの世にい続ける意味はほとんどない
失われたもののためにわたしは生きない
(中略)
わたしに背を向けてその人
対岸をきっと見すえ
月食のときのような異なる秩序の衝突を
待っているのではないのか
こんな真昼から

(『蛇と星』「衝突」抜粋)

 「おまえ」「わたし」に背を向けて「その人」など、ぞんざいに他者を呼称するその表面には、なにか語り手主体が絶縁する、敵対関係のニュアンスを読ませる。その無造作かげんによって、稲川や中尾の詩に潜在する、可視化されない他者性との懸隔よりもはるかに、生々しい齟齬の現実感が、まずこちら側に伝わってくる。「最後のままごとは行われた/最後の積木遊びは行われた」は、さらに語り手主体を俯瞰的な他者として仮構することによって、「行われた」現実の出来事を客観叙述する。またそれが、詩人が為した行為であったかのようにも見させるのだ。ヒステリックに眺められる、あちら側の、なんらかの主体を立たせている。置物を置くように。

 どうやらこれが、神的な位置にすり替わった、この詩における大島の主体観のようだ。だがそれを単純化し、虚構セカイと現実世界の対立性としてだけ読めないのが、大島の「発刊の辞」にも表されているように思える。現実の主体は詩人であるにもかかわらず、それは幻惑的な描写がすすむにつれ高所へと上がり、「対岸をきっと見すえる」あちら側の主体へ変換されるのだ。これはシュルレアリスムが、その夢幻的なセカイを描いていても、現実を起爆剤にする原則のもとに言語が組み合わされる在り方と一致している。

 こう考えていくと、少なくとも現実を起点にしながら主体が構築される点で両者は、あやうくも交差しているかもしれない。とはいえ稲川や中尾が地上派だとすれば、大島は天上派だということになるのだろう。とすると前者と後者の交差点は、はたしてそれだけなのか。

 もう一篇気になる作品を見てみよう。
 栁川碧斗のネットプリント『蛇と星 第三号』から「周縁」。

たとえば
遊離するあらゆる文字列が迷霧に彷徨い
それを投射する壁を失った静寂がめくられる
ざわめきの過程は消失し、胞子が拡散される、
鋭利に凸をけずりふしだらに凹をうめていく
世界がどこまでも周縁であること)

(「周縁」冒頭部分)

 「遊離するあらゆる文字列が迷霧に彷徨い」という詩句は、これまで引用させていただいてきた三者の、どの詩句とも似ていない。なぜならこの出だしは、言語派の、言葉を物象化させる典型的文句とも取れるからだ。だが、続く「いくども名を消された故郷」「収斂される場所を失った欠片、」「へりを摩耗し続ける夜、」というメタファー化された名詞句のシニフィエには、詩人栁川碧斗の肉体と精神の生々しさが否応にも纏い付いており、その心身の輪郭にはむしろ、周縁化されたエレジーとも言うべきポエジーが寂しげに響く震えを、感知せざるをえない。だから「文字列」はそのポエジーの擬態として変遷していく。詩人主体が現実と向き合う具象化された感慨や他者とともにいる(いた)ことの痕跡を、その擬態化された「文字列」に念をこめるように、「とめどなく探されつくした痕跡を呼び起こすことはまだできるだろうか」と、一見は現実的な詩人自身の仮構主体の吐露として立てられつつ、言葉は、重層的に言葉主体(言語主体、入澤康夫)をも兼ねそなえ、言葉が雪崩れるかのように、生成されていくのだ。

 これは、ボードレール的な現在への眼差しが高揚した、現実を尊重する着実さと現実を改変させようとする詩の自由の実践である。この二つが同時的である、一つの鍛錬のような現代性へと向かうことは、現代詩に課せられた一つの命題ではないだろうか。
(この段落の参照文献:酒井隆史『自由論』(河出文庫))   


 前者へ戻ろう。

菊井崇史作
手向けられた祈願の潰えることなき渚

(前略)
いずれのために涙をこらえた人の瞳を見つめ、僅かな救いを留めた記憶の夕日に染まる心を失望が巣くう度に
この災いはいつまでつづくのかと、消えいりそうな灯火のようにうづくまる子の髪を撫でながら 
これがもう最後だから、きっとこれが最後だからと、あなたは慈しみの犠牲の物語をなぞるように怯えを諭した
わたしの手が、子の憩いの庭になるよう、わたしはわたしたちの際限のない悲哀の到来を精神の森に隠しました
(後略)

(『静かな家』4号、P8,9)

 この線状の川に流れる、静謐な内言の遺灰は、いったん自然景の描写として表面化される。その川は「幻の降雪の夜空に写実の川の離岸をうつし」、「静謐に崩れる水面のきらめきを泳ぐ歌の悲しみ」として音声化もされていく。これら景と聲・音の周辺では「かぎりある生とかぎりないいのちを隔てた空の、窓枠の十字の閾を驟雨がうちつけ、遠く雷光が閃いて」いる。抒情と言ってしまえば身も蓋もなくなる。だが、一見モノローグ調のこの線状の川では、複数の「わたし」「あなた」がその表面の裏を担い、その人称代名詞を支える誰かは読み手の自由にゆだねられつつも、幽霊のようなその魂だけが交互に入れ替わり、縦横無尽に移動しているのだ。その移動の波動が抒情なのだ、とボクは言ってみたい。また幽霊化したその魂は、この文字化された線状の表面を揺らし、「もう最後だからという声だけを胸に唱えつづけ」「祈りの傷口から噴く火の気息のような願い」を息吹くのだ。

 
 現在に拘り抜き、現在を膨張させ、詩の自由として、もう一つの現実を変貌させる。現代詩の効用が問われる、ポストフォーディズム(コミュニケーションが資本化される経済システム)の極限化へ向かう過程で被るブレは、今にはじまったことではないかもしれない。それとともにもはや、ノワール的空間(映画における視覚的特徴を取り入れた、光と影のコントラストを利用した、神秘的で劇場型の空間)に自己のアイデンティティを浸し、そこから立ち上がってくる自分ぽい個性という幻覚に染まる表現の演出は、停滞的であることによって、もはやボクらを癒してはくれない。日々改変されるノワール的空間と相関的に変貌しつづける複数のボク(私)たちを追いかけていくもう一人の自分に出会うことが、喫緊の課題なのだ。それはひょっとすると、交差点ですれちがいざま出会う、思いもよらない、相互が異邦的な他者なのではないだろうか。(この段落の参照文献:酒井隆史『自由論』)河出文庫))

自由詩時評324回  広瀬大志『ノストラダメージ 抄』のずれ:言語表現における対話と共感 児島 成

 法政大学大学院で教えている越川道夫監督のクラスの打ち上げが先日あった。その席で、とある若い映画監督が製作現場での困難について語っていたことであるが、監督である彼が、こういう撮り方をしたい、と思うことがあっても、ベテランのスタッフが、それは出来ないからこうした方がいい、と別の撮り方を提案してくる。ベテランのスタッフは恐らく経験の蓄積があるのでそう言うのであるが、要するに彼の思い通りにならないことがままあり、撮影は中々に大変なものらしい。それを聞いていた越川監督が一言、説得する技術が必要なのではないでしょうか、と。
 これも若い監督が語っていたことであるが、AIが映像の分野にどんどん入り込んでいるらしい。彼はその状況について快く感じていないようであった。あんなものは全然良くないし、(使い方を間違えると)人権侵害だ、ひどいじゃないか、という趣旨のことを頻りと訴えていた。
 本当にそうなのであろうか。AIが映像表現の分野における技術的な蓄積を一瞬で分析し、それっぽい動画を生成するとしたら、面倒な説得を必要としないし、美術にかかる金銭的な負担やスケジュール調整などの余計なことを考えずに済む。それは素晴らしいことではないか。言語表現の分野ではセンスがなさ過ぎて無理であるが、映像表現の分野では案外使えるかもしれない。
 というわけで早速始めてみた。しかし、すぐに様々な困難にぶち当たった。選挙戦絡みのフェイクであるとか、あるいは、騒ぎになった水着化であるとか、様々な理由で規制が強化されてから使い始めたせいかも知れない。掻い摘んで述べると、まず、見る側が一瞬で混乱状態に陥るような生物の静止画像を作った。具体的には、〈自作の絵→AIイラスト→AIによるリアル化〉の段階を踏んだ。次に、その生物を動かすためのプロンプトを与えたところ、「あなたの表現は暴力的です」と指摘され、動かすことが出来なかった。確かにその生物は気色悪い外見をしているが、作った以上、愛着がある。そこでAIと対話を重ね、ついに動かすことに成功した。画像に天使の翼を付け加え、その生物が天使であることを丁寧に説明した。つまり、わからず屋のAIを説得していたのである。こうして妥協の産物が出来上がった。
 人間もAIも似たもの探しをする。何かに似ていないと変なのである。この場合、クリエイティヴィティは図像学に取り込まれてしまった。基準から大きく外れるのは迷惑行為に他ならないからである。何事にも対話は必要である。しかし、対話が過ぎると似たり寄ったりのものばかりになる。均質化・画一化は対話と切っても切れない関係にある。そこで、基準からのずらし方が重要になる。

 少し前に読んだのであるが、広瀬大志『ノストラダメージ 抄』(ライトバース出版、2025年)は、ずらし方の手本のような詩集である。詩誌『新妖気』弐でもあるが、奥付には小詩集とある。タイトルからして面白い。1970年代に大ヒットした五島勉の本でお馴染みのノストラダムスにダメージを掛け合わせた造語であるが、ノストラはラストノのアナグラムとして読める。ラストノダメージ=最後のダメージ。意味深なメッセージが脳に突き刺さる。表紙には大きな黄色い文字で、「緊急」とあり、これも目を惹く。この詩集が出たのは昨年の7月であり、ちょうどその頃、2025年7月に大災害が起きる、という言説が流布していたことが当然に想起される(余談になるが、六本木ミュージアムで昨年の夏に開催された『1999展:存在しないあの日の記憶』の来場者数は十万人以上である)。この詩集の表紙は、オカルト・スピリチュアル界隈のブームを取り込んだエンターテインメントとしての位置を明らかにしている。つまり、一般的な詩集の表紙からずれている。真面目なのか、悪ふざけなのか。余計な詮索はやめて読んでいこう。詩集は「ノストラダメージ Ⅰ」「ノストラダメージ Ⅱ」「ノストラダメージ Ⅴ」「ノストラダメージ Ⅹ」の四つの詩篇から構成されている。Ⅰ、Ⅱ、Ⅴ、Ⅹの順である。数字が抜けているのは著者の遊び心であろうか。
 詩を一つ紹介しよう。「ノストラダメージ Ⅰ」である。
 第一に、場所が具体的である。「ふじみ野西公園」「上福岡南公民館」という場所があり、作品世界は埼玉県ふじみ野市のようである。この詩において場所は基準軸として機能している。現実という軸である。
 第二に、ずれが多い。例を挙げよう。

小走りで駅へと急ぐあなたの答えを。
あなたの駅へと急ぐ小走りの答えを。
小走りに滲み出た晴れた答えを憎悪の駅へと、
削ぎ落されたあなたの答えは急ぐ。

 この箇所では一行目と二行目と三~四行目で(基本的には)同じことが語られる。三~四行目では、「滲み出た」「晴れた」「憎悪」「削ぎ落された」が加わることで意味内容が深まっている。次の箇所ではどうか。

すべてのものには一つ目の窪地が時間であり、
すべてのものには一つ目の窪地が時間がなく、
すべての時間は一つ目の窪地に同じものを与え、
探し求めていた残骸を見つめている。

 先に示した箇所と違い、一行目と二行目と三~四行目で全く別のことが語られる。意味内容がずれる。「すべての時間」が「残骸を見つめている」街、それがふじみ野市である。そうして作品世界のふじみ野市が現実世界のふじみ野市からずれる。また、後に続く語句を変えながら、「青緑の彗星の尾が生きたまま心をこえて」、あるいは、「青緑の彗星の尾が生きたまま心をこえた」が執拗に繰り返され、「青緑の彗星の尾」がどんどんわからなくなる。後に続く語句は順番通りに全て抜くと、「土地を離れ、」「折り返していき、」「恐ろしい仕立てに変わる。」「証拠を埋めていく。」「激突する。」「燃えている。」「燃えている。」「証拠を埋めていく。」「燃えている。」である。「青緑の彗星の尾が生きたまま心をこえた証拠を埋めていく。」は二箇所あるが、「埋めていく」の主語を指す語が一番目では、「明るさ」、二番目では、「野良猫」という違いがある。些細なずれではあるが、語り手を信頼出来なくなる。
 第三に、様々な主体が登場する。登場順に並べると、「」「マダニ」「」「」「あなた」「」「オナガ」「」「人間」「ひと」「」「おまえ」「広瀬」である。この内、最後の方に登場する「おまえ」「広瀬」は語り手自身を指す(と考えられる)。詩の結末を示す。

ダイジョブか、おまえ。
骨盤の陽光からのダメージ、
死体だから鳴き声に合わせて、
ひとはつぶやき、
ひとはうなずき、
蛇はスチールの本棚に、
起きようとする石を、
起こす日と、
ひと広瀬、
おい広瀬、返事しろ広瀬、広瀬、

 ここまで、「あなた」と「」を除く主体には生物種としての名称以外与えられていなかったが、「広瀬」で終わっているのが面白い。角度の全く異なるずれが最後に来る。このずれのために様々な主体が用意されたのではないか、と勘繰りたくなるほどである。
 この詩には反復が多くあり、言葉を重ねれば重ねるほど意味は崩壊に向かう。なるほど、ダメージである。共感からは決定的にずれている。しかし、共感とは何か。何にでも自己を発見するナルシシズムは共感とどう違うのか。そもそも詩は何のためにあるのか。
 ナルシシズムが圧倒していく昨今、『ノストラダメージ 抄』はそうしたことを考えさせられる詩集である。エンターテインメントの粧いでありながら実は詩の王道であるように思う。共感がなくても対話の技術がある。

自由詩時評323回 詩の「構造」についての覚え書 寺道 亮信

 前回の時評で、現代詩手帖2025年7月の「詩論と実作のあいだ」特集についていくつかの註釈を付した。そこに掲載されていた論考のうち、多くが入沢康夫の『詩の構造についての覚え書──ぼくの《詩作品入門(イニシアシオン)》』に言及していたことが少し話題にもなった(それだけ以降は詩論が廃れてしまったかを物語ってもいた)。この本は、昨年3月にちくま学芸文庫に収録されたばかりだった。
 そういうわけで、たかだか雑誌の一特集に長大な註釈を付したくらいだから、本書についても言及しないわけにはいかないと思っていた。私自身、文庫化以前に詩の仲間と読書会を行った際に一通りは読んだ。話は盛り上がったが、普段から西洋の現代思想になじみのある自分にとっては、特段目新しいことが書いてあったわけではない。一番面白かったのは「補遺2」の「問題集」であったかもしれない。しかしこの本のことを今一度思い出していると、そういえば、そもそも「詩の構造」という時の「構造」とは(著者にとって)なんであるのか、という疑問が浮上した。時は構造主義まっただなかで、ポスト構造主義に括られる哲学者たちが台頭し始める頃であった。しかし、その思潮が特段意識されていたというわけではないだろう(ブランショ『文学空間』からの長い引用などは時世を感じたし、ロラン・バルトへの言及もあるが)。結論から言えば、詩の「構造」の定義を明確に設定できているわけではない。本人もそれを自覚していて、例えばこのような記述がある。

ところで、ここで言っている「構造」というのは、詩の「形式」ということでは必ずしもなく、「形式的諸要素」もそのごく一部として内に含む、いっそうダイナミックな関係と秩序を指すのだ、ということも言っておかねばならないであろう。スタチックな論理における、内容と形式、あらわすものとあらわされるもの、かくすものとかくされるもの、作者と作品、作品と読者、部分と全体、持続と断絶、私と非私、主体と客体、そういった一見対立的なものを要素としてとりこみながら、それらを対立させ、また揚棄統一させつつ流動し持続するものの座としての「構造」、このようにして構築される魁偉な「つくりもの」の秩序、それの具体的な在りようを様々の局面から考えてみたい──そして、今のところは、このように漠然としか言えぬものを、少しずつ追いつめてみなければならない。「構造」についての明確な定義をここに確立することができないのは、残念ではあるが、これが根も葉もない仮空の概念でないことだけは、信じていただけるのではないだろうか。(入沢 2025: 38–39)

 本人は謙遜しているが、十分な説明ができているように思う。というか、本書で最も「構造」について説明されているのはこの箇所である。そして、詩作品は本質からして「つくりもの」である以上、その意味で「構造」のない詩などというものはありえない(同: 35)。しかし、すべての詩に構造があるからといって、それだけで詩として優れているということにはならない。「現代〔本書が書かれた1966年ごろ〕においてはすでにほとんど無力な単調な構造や分裂した構造しか持てぬ詩がくり返し生産されることになっている」、と厳しい批判を浴びせている(同: 38)。つまり、「構造」を有することは詩の要件などではなく、トートロジー(同語反復)なのである。しっかりとした構造がないから詩ではない、というのではなく、つまらない構造の詩が濫発されているのである。
 先の「構造」についての説明において目を引くのは、それを「形式」と同一ではないと確言していることである。現代詩あるいは自由詩において、「形式」という概念は問題含みだろう。自由詩が決まった型、定型を有さないものであるとすれば、そもそも形式は存在しない(あるいは「自由詩」という形式だけが残る)。ただし、「形式」という語は「型」と同一ではなく、それよりも広い概念である。そのあとで「形式的諸要素」と換言しているように、「構造」は様々な形式的諸要素を、自らの一部として含むものである。それはスタチックな論理を包含する、ダイナミックな関係と秩序である。
 ここで参照したくなるのが、「形態(モルフェー)」と「形相(エイドス)」の対比である。プラトンイデア論を批判したアリストテレスが、「質料(ヒュレー)」と「形相(エイドス)」の二元論を唱えて以来、それは西洋の哲学を支配してきた。物は、ある材料(ヒュレー)がある形(エイドス)を帯びたものとして説明される。日本語でいえば、材料とそれを当てはめる型(かた)があり、それらが組み合わさって「形(かたち)」になるというイメージだろうか。しかし、古代ギリシア語には型や形を意味する言葉が他にもあった。そのひとつがモルフェーであり、18世紀にゲーテは動植物の形態に注目する「形態学(モルフォロギー)」を提唱している。モルフェーという言葉はギリシア神話モルフェウスに由来している。タナトスの兄弟ソムヌスの息子である夢の三兄弟の一人で、夢のなかで人の様々な姿や形をそっくりに現出させるという。これを踏まえて、『かたちのオディッセイ』において中村雄二郎は、エイドスとモルフェーを対照してこう語る。

エイドスがわれわれの眼に明確に見える、もののかたちを指すとすれば、モルフェーのほうは、薄暗く定かならぬところから立ち現れる姿・形、表層的ではなく深層的な、静的ではなく動的な姿・形を指している。(中村 1991: 65)

 これを援用すれば、入沢が構造について言っているのは、静的なエイドスではなく動的なモルフェーに近いものである。ただし、エイドスとモルフェーの対比がこれほど単純化できるものではないことに断りを入れている。その註釈において紹介されている井上忠の議論は非常に興味深い。中村によれば、「エイドスが肉体の容姿など、実在するもののかたちを意味する」のに対して、「モルペェ〔モルフェー〕がことばの格好よさを意味する」ということを、ホメロスなどから明らかにしている(同: 70)。(なお、入沢が参加していた同人「あもるふの会」の「あもるふ」とは、モルフェーの否定形であろう。それがどういう意図であるのかは、気になるところである。)
 それに関連して、日本語の「かた」や「かたち」という言葉と、かたちに関する西洋の諸概念の対応関係も問題になってくる。これは西洋思想を日本の詩論に適用することの困難にも関係しているはずだ。中村が参照する、具体詩の詩人でもあるデザイナー・向井周太郎の議論は触発的である。向井は『かたちのセミオシス』において、〈かたち〉の〈ち〉は、〈いかづち〉、〈おろち〉、〈いのち〉などのように自然の根源的な激しい力〈ち(霊)〉を意味し、〈かた〉が生きている姿であるという説を紹介している。これを言い換えると、「〈かたち〉の〈ち〉は、根源の形象たる〈かた〉の現前化、現勢化を示す」(中村 1991: 68)と考えられる。ここでは〈かた〉が現勢化したものが〈かたち〉であると言われているが、これはアリストテレスにおける可能態/現実態の区分、先ほど述べたヒュレー/エイドスの対比とも似ているが、完全に重なるわけではない。中村はいみじくも次のように述べている。

日本語の〈かた〉の場合、それは、必ずしもエイドスと区別されたモルフェーの根源にあるものを指すとばかりはいえず、エイドス的な、イデア化された固定化された型も意味する。たとえば〈かた(型)にはまった〉とか〈餅のかた(形)〉(絵に描いた餅の意)とかいうように。だから、日本語の〈かた〉はモルフェーの根源にあるものと厳密に重なり合うわけではない。が、それでも、モルフェー性のつよいものであることは確かである。というより、それは日本の〈かた〉の顕著な特徴でさえある。(同: 68)

 少し飛躍させれば、詩の形式と詩の構造が一致しないこと、そして詩の構造そのものが詩作品ではないのと同様である。前者については入沢が言っている通りであるし、形式的諸要素(これは定型とは異なる)を〈かた〉、構造を〈かたち〉と言い換えることも可能だろう。さらに重要なのは、詩作品は必ず構造を有しているが、それは構造と作品がイコールであることを意味しない。すべての作品は構造を有している、それと同時に作品なしに構造は存在しない。「構造そのもの」というのはあくまで理念的なものであり、作品を通してしか実現されないのである。翻って、読者は詩を読む際、「作品そのもの」を読むことは実はできない。しかしそれは、構造を(無意識に)読み取って、それを通して作品が読めているというわけでもない。したがって、「構造そのもの」も「作品そのもの」も理念的なものにとどまる。では結局、構造と作品はどのような関係にあるのか。そして、そもそも詩作品とはなんであるのか。今度はこれが問題になるであろう。
 そしてこれは、こと定型を持たない詩形である自由詩にとって、いっそう重大である。形式でも構成でもなく構造を考えることは、今なおやはり現代詩にとっての重要課題である。四元康祐が『現代詩文庫』に収録されている散文で書いていたと記憶するが、自由詩とは「一回きりの定型をつくることである」というのは、その際には納得したものだった。では、それはどのようにして成り立つのか。いかにして一回きりの定型が、構造があると言えるのか。
 
 今回はここまで。また詩の構造について考える機会があれば、「かたち」を意味するもう一つの古代ギリシア語であり、リズムの語源となった「リュトモス」について論じたい。加えて昨今の現代詩の状況についていえば、一篇の詩の構造にフォーカスされることは少なく、各々の詩が収められる詩集の構造に目が向けられることが多くなっている。詩の書き手もどのような詩集を(物として)作るかということへの意識を強く持つようになりっている(ただ、そこで志向されているのは構造というより構成であるようにも思われる)。詩の構造について考えるならば、詩集の構造についても考えなければならない。それに先駆けて、(詩集を含む)本をひとつの「構造」として把握していたアーティスト、ウリセス・カリオンの名を挙げたい。手前味噌にはなるが、カリオンの重要テクストで詩人にも大きな影響を与えた「本づくりという新しい芸術[The New Art of Making Books]」を翻訳したばかりである。「構造」という節から、入沢の論に通底する箇所を抜粋しておこう。ここでは実質的に「関係」の話がなされている。 

すすべての言葉は、ある構造の一要素として存在している──フレーズ、小説、電報など。
言い換えれば、すべての言葉はテクストの一部である。
 (中略)
誰しも何もかも、孤立しては存在しない。すべてはある構造の一要素である。
あらゆる構造もまた、別の構造の一要素である。
存在するものは、すべて一つの構造である。
何かを分かるとは、その何かを部分として含んでいる構造を分かることである。そして/あるいは、その何かという一つの構造を形成する諸要素を分かることである。
本は様々な要素から成り立っており、そのうちの一つがおそらくテクストである。
本の要素であるテクストが、その本の中で最も本質的、または重要な部分とは限らない。(カリオン 2025: 13)

  そして、「その本の全体構造を理解したまさにその瞬間、読書をやめてもよい」(同: 15)とさえ言われるのである。 

 最後に言い添えておけば、本書の新しい表紙を見ていると、九鬼周造の『「いき」の構造』に登場する妙ちきりんな立体概念図を思い出した。くしくも同じ「〇〇の構造」と題されているのだった。構造の意味に着目して、もう一度読み返したい気持ちになった。


参考文献
入沢康夫『詩の構造についての覚え書──ぼくの《詩作品入門(イニシアシオン)》』ちくま学芸文庫、2025年。
カリオン、ウリセス「本づくりという新しい芸術」寺道亮信訳、『PAW』vol.1、出版芸術工房、pp. 7–16(https://kurashi-no-shisou.com/product/paw-vol-01/)。
中村雄二郎『かたちのオディッセイ──エイドス・モルフェー・リズム』岩波書店、1991年。

自由詩評「だから、どうなの」を超えてやる 松本 てふこ

現代詩手帖特集版 吉原幸子』(思潮社、2003)を20年以上積ん読していた。買ったきっかけは、そこに収録されていた黒田杏子のエッセイの一節があまりに恐ろしかったからだ。

 吉原さんで忘れられないのは、ラ・メール俳句賞のパーティでの情景だ。第一回受賞者の名取里美さんが自選十句を朗読した。床に膝をかかえて、じっと聴き入っていた吉原さんが「だから、どうなの」とつぶやく。
 私は感動した。その俳句を選んだのは私で朗読をした作者にとってはとりわけ愛着のある作品の筈であった。詩人の中の詩人である吉原幸子が、「だから、どうなのさ」と耳を傾けてくださった上での感想だから、その俳句は立派に、見事に俳句であったのだ。
 それでどうした。と問われて、どうともならんよと答える。いや、どうともなる必要を認めない。それが俳句という詩の大切な要素だ。と私は思っている。

(黒田杏子「『だから、どうなの』永遠の人 吉原幸子さん」より)

 立ち読みでこの部分を読んだ私は感動どころか、大いに怯えた。俳句を始めて3〜4年だった当時の私は、黒田のように「俳句はそういう文芸なのだ」と思うことができなかった。どうともならない文芸というのはやっぱりダメなのではないか? 他ジャンルの書き手にこんなことを言われたら私はどうなってしまうだろう。とにかく頭が真っ白になるだろうと思った。しかし、自分もいつかこういうことを言われるかもしれないからその時の対策として持っておいた方がいいのかもしれない、と、気が重い宿題を受け取るように、私は立ち読みしていた本をレジに持っていった。
 当時、よく遊んでいた友人のMは詩を書いていた。私が楽しそうにやっているからという理由で俳句もやっていた。しかし私は彼女からいつか「だから、どうなの」と言われる可能性を時折想像し、気が重くなった。彼女は思潮社で「現代詩手帖」の編集部に入り、その後詩人と俳人の勉強会に私を誘ってくれた。気鋭の詩人たちの弁の立つ様子をぼんやりと眺めながら、やはり私は彼らに「だから、どうなの」と言われる可能性を勝手に考えていた。

 この話にオチはない。その後、私が「どうにもならんよ」を超える明確なアンサーを得たならこんなに素敵な話はないのだが、無理であった。今の私には居直りというリアクションしかできない。俳句は確かに「だから、どうなの」と問われてもどうしようもない文芸である。無責任と言われるかもしれないが、それは私にはどうしようもない。今のところこんな考え方しかできない。しかし、「だから、どうなの」の眼差しを怯えと共に忘れないでいたことは、私という書き手の心を静かに鍛えた、かもしれない。これからも考え続けて、黒田よりも本質的、かつ面白いアンサーができるようになりたいとは思っている。
 というわけで吉原幸子とは私の中で長年「だから、どうなの」の人であった。彼女に対しては、「ラ・メール」への興味などもあり、現代詩文庫の詩集を正続とも購入したり、古書店で「ラ・メール」を買うなどしてアクセスを試みていた。そして全て積ん読していた。2023年に「ラ・メール」を編集として支え続けた棚沢永子による『現代詩ラ・メールがあった頃 1983.7.1―1993.4.1』(書肆侃侃房)が出版され、それは発売後程なく読めた。その頃には「だから、どうなの」という問いがそこまで怖くなくなっていたからかもしれない。そして、そこに描かれていた吉原の強いカリスマ性とチャーミングで脆い部分を兼ね備えたキャラクターに興味を持った。吉原をきちんと読んでみよう、という気持ちが高まった。
 そんな訳で、『現代詩手帖特集版 吉原幸子』と現代詩文庫の『吉原幸子詩集』『続・吉原幸子詩集』を読んだ。「ラ・メール」も何冊かぱらぱらと読んでみたが、書いているうちに頭がとっ散らかってきそうになったのでしっかり読むのは別の機会にする。「愛、裏切りなどを主題として作品をおくり出し」(『続・吉原幸子詩集』裏表紙より)という紹介でやや尻込みする部分が正直あったが、いざ読み始めると歯切れの良さと戯曲の台詞のようなドラマチックさ、そして性別の描写の希薄さなどが特徴的で、非常に読みやすく感じられた。詩手帖の特集版は追悼文も多く収録され、詩人の死とそれによる不在に戸惑い、狼狽える周囲の人々の当時の心境も見てとれた。詩人としてのキャリアの中でずっと同じことを書いている、とも言えるし、具体的な対象が詩集によって大きく違うのでその風合いも異なって見える、という部分もあるようだった。詩人自身が「自作の背景」と題した文章で、創作の動機となった恋愛や家族愛のありようを明晰な言葉で語っているのも珍しいなと思い、そのフェアな姿勢に打たれた。

 吉原の詩集を読む前に、何の気なしに日本のロックバンドであるスピッツの楽曲の歌詞に関して語り合う山像樹、清水ニューロンによるZINE「曲がりくねった道〜スピッツの歌詞について飲酒しつつ話した4時間〜」(発行:咆哮剤)を読み、執筆者たちが酒を飲みながらざっくばらんに歌詞への印象を楽しげに語り合う様子に非常に感銘を受けた。スピッツの歌詞の大半を手がける草野マサムネが以前、どこかの雑誌の記事で歌詞に困った時には現代詩文庫の川崎洋の詩集を読むと語っていたこともなんとなく思い出された。草野正宗(作詞の名義は漢字である)というひとりの詩人の変遷を、シンプルな世界との対立や、抽象と具体を行き来する運動に見どころのあった初期から自己模倣と抽象化に行き着いた近年までをあくまで気さくな語り口で探求しており、「詩を読む心構え」にいつも苦慮する私を非常にリラックスさせてくれた。「初期スピッツ良いんだけど、具体的な話でも2割くらいはよく分からんって成分あるのがデフォ」「僕が多分ちょっと共感している部分があって、それが視点のドライさなんですよね」というような調子で語られているのだ。執筆者のひとりが小学生時代に合唱曲として「空も飛べるはず」を歌った際、低学年には「ナイフ」という表現などが刺激的だからと歌詞を大幅改変させられたエピソードなどは非常に衝撃的だった。

 書き手として物心ついて以来、現代詩を読むといつも借りてきた猫の気分になってしまい、楽しみきれなかった。どういう心境の変化かは分からないが、ここ1年ほどでもっと気軽に読もうと思えるようになった。ちなみに今はブローティガンを読んでいる。

とほいよぞらにしゅうまつのはなびがさく
やはらかいこどもののどにいしのはへんがつきささる
くろいうみにくろいゆきがふる
わたしはまもなくしんでゆくのに
みらいがうつくしくなくては こまる!

(吉原幸子『むじゅん』より)