韓国の‘闘う哲学者’李珍景さんが、在日の詩人金時鐘の詩について書いた本、『金時鐘 ずれの実存論』(影本剛訳/共和国)が素晴らしい。私は詩の評論集の類いを滅多に読まないので、こう言うことが的を射ているかわからないが、詩のあり方を内在的に評することができていたと思う本に、絓秀実の『詩的モダニティの舞台』(‘09)を読んで以来初めて巡り合ったと思った。この本、私には名著だと思うが、500ページと大部で値が高く、少部数しか印刷されなかったようで、恐らく今後も相当アクセスが難しいだろう。幸い私が読むことができたのは、李さんの著作『無謀なるものたちの共同体 コミューン主義の方へ』(インパクト出版会/‘17)の翻訳者で、私の知人でもある今政肇さんより借りて読むことができたからだった。
この李珍景さんが先日、日本に講演のために来るということがあって、その際今政さんが、私が個人的に面会できる一席を設けて下さった。いつも3K朗読会(カワグタケシ、小森岳史と行っている)の会場として使わせて頂いている江古田のプログレッシヴ・ロックの喫茶店フライングティーポットで、李さんと旅の同行者の方々にお会いした際、私は金時鐘論から受けた感動を著者に直接伝えることができた。これは日本語の詩について書かれた優れた批評というだけでなく、詩とは何かについて、とてもクリアーに書かれた本だと思う。500頁近い本でありながらあっという間に読めてしまいました、と私は言った。
本の冒頭でこの哲学者は自己を紹介し、卒直に「詩のことはよくわからない」と述べる。それゆえ彼の言葉は、先入観なしに、直接作品から導き出された理解なのだとあらかじめ示されるのである。
第一章の『詩人にやってくる言葉はどこからやってくるのか?』は以下のように書くが、これは詩と曖昧に関わりを持っている人には書けない卒直さで綴られたものだと、私には思われた。
詩はコミュニケーションの言語で包囲された存在を、その包囲から抜け出させるいくつもの言葉だ。それゆえ、むしろ共有された世界から抜け出すときごとに存在し「はじめる」いくつもの言葉。そのように抜け出すときにのみ存在する言葉だ。既存の言葉で作られるが、いつでも新しく誕生するいくつもの言葉。いつでも新しく「はじめる」言葉だ。
私たちはコミュニケーションの海の中に身をおいているが、詩の言葉をはじめる時、そこから抜け出て行く。その「孤」において、詩が現れると李は述べる。大岡信は『うたげと孤心』(’78)の中で、詩の言葉の領域(うたげ) と創作者の「ひとり」(孤心)の往還、その緊張の間で詩がはじまるというようなことを書いたのではなかったか。大岡の論は、日本の詩の伝統的な成り立ちについて書いたものだと思うが、そこには個人の詩の言葉が成り立つ前に、詩の言葉の領域があることが指し示されていた。それは「壇」というものである。
私には日本の詩人たちが、詩の言葉の領域から、いかに自身の作品を析出するか、差別化させるかという詩壇的、時事的問題につきあい過ぎているように見える。私にとり、李の論がいかにもクリアーに見えるとしたら、彼が詩の世界の、詩のいわば「共同幻想」への門外漢と自身をみなし、その、詩の内輪では見落とされてしまっている、社会の中でのそもそもの詩の意味、「はじまり」について考えようとしているからだ。
そこでは、詩が葛藤し、そこから始めなければならないのは、歴史もそうであるような私たちの共通認識である。
詩人が題材にするものは、歴史の中にある事件であれ、過去に結びつけられたままでいない。第三章(『海のため息と帰郷の地質学』)で彼はこう書く。
従って、第二部で浮島丸や四・三について書いた詩は、過去に発生した歴史的出来事を記録したり文学的に再現しようとするものではなく、むしろ出来事を過去に結びつけるあらゆる規定を消し、潜在性の海中に漬けて保存しようとするものだと言わねばならない。その中で新しい生成のカルテに任せようというのだ。
歴史的な出来事を「潜在性の海中に漬け」、「新しい生成のカルテに任せ」ることは、それへの共通認識に無条件に与することから距離をおくことである。その共通認識は、クリシェ(紋切り型)となっている。だがそれへと大まかに塑型される時、「ない」とされてしまったものがあるのだ。詩の言葉が挑まなければならないのは、このクリシェである。クリシェが踏みならしてしまった土地に、バッドチューンのように、ずれたものとして現れること。
だが、それは「歴史を修正する」こととは違う。歴史上の事実を巡り争う主張もまた、共通認識が持つ踏みならしていく危険、一様化の危険に対しては鈍感だからだ。
李さんはこうした問題に対し、哲学者としての観点からアプローチし、「存在論」へと繋げていくのだが、それにより詩全体に一つの観点がもたらされたように思われる。
存在論とは『(なに)であるかのか?」を問う質問に還元されない問いがあることを見抜いてはじまる思惟の場だ。『である』という言葉で連結される『対象』に還元されない『存在』を問う思惟である。『ある』という事実自体が持つ力を信じる思惟だ。無規定性がもつ無数の規定可能性を、規定を抜け出たなにかになりうる潜在性に向かった思惟だ。
以下『第五章 出来事的ずれと褪せた時間』『第六章 染みになり、化石になり』を要約する。
この存在論は、人々から「ない」と拒絶される時に求められる思惟だという。あるのにない、と言われる時。だが詩人は、人々の眼差しを受け入れて、彼らが言う通りに「あってもない」とは書かない。「なくてもある」と書く。そこにずれが生まれるが、「分断を乗り越えていく」未来が密かにその中に賭けられているものでもある。
存在論は拒絶された者たちの思惟だ。拒絶されたが去り得ない者たちがその拒絶と去り得なさの間隙の困惑で、その困惑を耐えて存在せねばならない場所で、抱えることになる思惟だ。拒絶の距離をおいてみている他人たちの視線に対して『知られていなかった者』としての自分をみる視線であり、かれらの視線が作り出す『対象』と、その視線が見ることのできない自分の『存在』の間隙を見る視線だ。
先程、社会の中での詩の意味について考えなければならないと書いたが、それは詩の言葉が、この社会の中ではあたかも「ない」が如くに扱われているからである。「詩の言葉はわからない」とよく言われる。縁なきものだとこの社会の多くの人から思われ、体よく拒絶されているのである。詩人たちはそれに対して李さんが書くように「なくてもある」と言えているだろうか?
詩を読む私は経験的にこう考える。詩は、聞き届けられない言葉である。それはもどかしさを持たない、耳に心地が良い言葉からはあくまでも遠い。そうした言葉に最も近いのは詐欺師の言葉であり、詐欺師めいて辟易させられることが多いポピュリスト政治家たちの言葉だろう。
便利やインスタントが強く求められ優先される社会の中で、詩の言葉は真逆の指向性を持っている。それはいつかの危機の時のために書かれているのだ。いつかある経験の中で、その時をめがけて帰ってきた詩の言葉が天啓のように理解されるということがある。詩を読む人は、そんな時を待つ人だ。気を長く。そして待つこともなく。それまでは分からなくとも。
アンジェイ・ワイダの映画『灰とダイヤモンド』(‘58)にそんなシーンがある。逃亡中の主人公が、映画のタイトルに引用された一節があるポーランドの詩人ノルヴィドの詩『舞台裏にて』に出会う。教会の墓碑銘に書かれたそれに出くわすというシーン。通り過ぎざまに読む主人公。それは彼自身のために書かれたかのようにそこにあり、その一瞬に、そして全面的にやってきたのだ。
私にとって、そのシーンは、詩を読むという体験を非常に的確に描写しているように思われる。詩を読む人の身の上には、多かれ少なかれこのようなことが起こるのではないだろうか。それは矢のように貫く一瞬であり、その人以外の人には感知されない、「ない」とされる一瞬かもしれない。
ずれを生きることは、どちら側にも感知されにくく関心を持たれにくい歩みを持続することであるがゆえに、集団が提供する安定も、仲間が提供する助けも得にくい隣人の中での孤立、仲間や友達のなかでの孤立すら避けがたい『遠いところ』、いくら近くにあっても『遠いところ』なのだ。
だれかに見せようとするのでもなく、成功で補償されようというのでもなく、自分の花を、秘密めいた花を咲かせるのだ。これはともすれば、簡単に足を踏みしめて生きる者たち、視覚に明確に入ってくるがゆえに追求することになる諸価値で満たされる夢を、たいそうなものであると信じるものたちとは、かなり異なる夢を見ることだ。
この最後の引用部分。ドゥルーズの遺作となった批評集『批評と臨床』(原著’97)におさめられたT・E・ロレンス論『恥辱と栄光』にある以下の記述の谺のようなものを見る。李さんは哲学者で、彼の書いたほかの本を読む限り、ドゥルーズの影響を大きく受けてもいるゆえに。
「アラビアのロレンス」として知られるT・E・ロレンスは、現在の「中東紛争」にまで大きな影響を持つ20世紀前半のアラブ国家建立に関わった歴史上の人物として知られているが、また一方で、現在その地域が抱え込んでしまっている矛盾を、個人的な葛藤として体現しているかのような生涯によっても関心を持たれ、多くの著述家による評伝を生んでいる。ドゥルーズは、彼の葛藤に着眼し、それが「恥辱と栄光」に引き裂かれたものととらえるのである。それは感知されにくい、あくまでも秘密の主観性としてある。アラブの味方のような顔をしながら、イギリスの諜報員であったという二重性は知られているが、それを恥じ、すべての側の馬鹿げたことに手を貸していると考えていたふしがあることは、よく知られていない。たとえば、自伝『智慧の七柱』には、民族独立の戦争もその大義によって殺人を正当化することはできないなどと、自分の果たしたことを断罪するかのようなことが書かれている。
彼はアラビアばかりかイギリスをも裏切るからであり、同時にすべてを裏切るという悪夢に陥ってしまうのだ。しかしそれは彼の個人的な差異ですらなく、そうした結果を導くほど、ロレンスは冷たく気取った自己の破壊を企むのであり、破壊は徹底して行われる。……それはどこまでも秘密のままの主観的資質であり、国家的ないし個人的な性質とは混じらず、彼を故国から遠く離れた場所に導いてゆき、自分自身の荒廃した自我のもとに立ち去らせる。
ここにもある「遠いところ」、「遠く離れた場所」。
以下『第七章 錆びる風景とずれの時間』を要約する。
「ずれを生きる詩人」金時鐘が帰る場所もそんな風なところだと李さんは書く。「在日」という境遇の中にそもそもあるそのずれを、もっと先へと進むこと。それが、偶然の境遇を詩人の運命に変える道行きなのだろう。あってもない、亀裂のように目に止まらない差異を、なくてもあるへと進めていく。
この場所が、詩人がこの詩集で展開した時間の思惟を通して『帰る』場所なのだ。閉じられた家の中に風を、止まった時間のなかに流れる季節の時間を呼び出そうと『帰ろう』と述べた思いが、帰る場所なのだろう。はざまを抜け出して枝先にぶら下がった一つの柿のように孤独にぶら下がった枝先へと移っていくが、止まった時間か流れるようにする新しい場所を探したが、それでも彼が帰る場所はこの存在論的ずれの場所なのだ。……まさにここがかれの詩が誕生した場所であり、かれの存在論的思惟が湧きあがる『起源』だ。